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夢の箱(仮)

ツクールでRPGのフリーゲーム

シナリオの自由度

JRPGは一本道で洋ゲーオープンワールドで自由度が高いと、

国産RPGの問題点を指摘する時に頻繁に使われるけど本当にそうだろうか?

そういう傾向はあれど、一本道<オープンワールドの図式はちょっとおかしい。
表面的な部分ばかり追いかけて白黒つけて本質から外れているし、
洋ゲーが全てスカイリムだと思っているくらい視野の狭い話ですよ。

RPGにおける楽しさのひとつに「物語に入り込めるか」があるとする。
オープンワールド系は嫌でもプレイヤーの選択の意思が求められるから、
自分がその世界の中にいる感覚は強い。

じゃあ一本道はプレイヤーになりきれないかと言われれば、そんなことはないですね。
JRPGで批判されるゲームに有りがちなのは、
物語の進行がガチガチに締め付けられていたり、
主人公がプレイヤーの感情を無視したり知らないことをベラベラ喋り
作者のドヤ設定をまき散らし、プレイヤーを置いてきぼりにした時。

シナリオが一本道だっていいんです。

ちょっとした行動の選択で後々の反応やサブエピソードが変化したり、行動に対しての小さな反応が積み重なるだけで、プレイヤーは第4の壁を飛び越えてゲーム世界の住人気分が味わえるます。

そもそも無理に自由度を増やすもの疑問

シナリオがしっかりしていれば全て敷かれたレールだとしても映画を見ている様で良かったという評価を受けるでしょう。

じゃあそれを踏まえて自分のゲームはどうするの?って話ですけど

最初は完全フリーシナリオにして自由度こそ正義!
自由度こそパワー!!と思い込み次回作である星の王女さまの企画が始まった。
2年以上も前で全体像が見えていなかった時期なので、
悪い意味でなんでも出来ると思っていたんですね、アイタタタ

作業の現実が見えてきてそんなもん無理だと気がつくわけです。
そもそも物語重視でフリーシナリオはかなりハードル高い。

結局一部のシナリオの攻略順を選べるくらいの自由度に落ち着いた。
妥協はしているけど完成出来る現実的なラインはこれくらい。
ただ「プレイヤーの意思を反映させる」というテーマはブレていないので
攻略順に合わせて会話の内容が変化したり、
NPCの会話でも選択肢によって後々に反応や展開が変化はします。

会話の選択が後々影響を与える演出については
四人の王国」とか参考になりました。

人生で唯一最後までプレイしたADVかもしれません、良いゲームです。